恥ずかしい生き方はしたくない、死を覚悟するとき

海死について
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勇気ある行動

2001年、酒に酔ってホームから転落した人を助けようとして亡くなった韓国人留学生(26)、日本人カメラマン(47)の行動は今でも私の生き方を方向付けてくれている。

この行動を「勇気ある行動」と呼ぶことに対して批判もあるかもしれない。

しかし、人の命を救うために自分の命も顧みず行動に移すことはなかなかできる事ではない。

この事故をきっかけに私は、この人たちに対して恥ずかしい生き方はしたくないと思うようになった。

彼らの真似はできなくても、せめて背筋をピンと伸ばして生きなければと思う。

死の覚悟を強いられる時

2001年アメリカ同時多発テロ事件。

このとき、飛行機に乗っていた人、ビルにいた人、多くの人は死を覚悟し、最愛の家族に電話で最後のメッセージを残した。数秒先に自分が死ぬことを覚悟した人間の鬼気迫る生々しいやり取りには心が震える。

「とにかく君を愛している。それだけは覚えていて。良いことをして楽しい人生を送ってほしい。両親やみんなも。本当に愛してるよ。」

すぐ先に待つ死の恐怖と戦いながら、たった数秒の内に死を受け入れることを迫られ、冷静さと混乱の狭間で極限の精神状態の中、それでも導き出した一つの答えは愛する人へのメッセージを残すこと、その時の心理を想像すると心が張り裂けそうになる。

人は死を覚悟した時、残された時間を何に使うのか。

愛する人に「愛している」と伝える事。

このことに残された時間の数分数秒を使うんだ。

海

末期ガンで余命を宣告され、死を覚悟することを強いられる人は毎年数十万人にも及ぶ。

今は亡きアップルCEOスティーブ・ジョブズ氏は、

「私が勝ち得たモノは死ぬときに一緒に持っていけるものではない。私が持っていけるモノは愛情に溢れた思い出だけだ。」

と演説したことは有名だ。

どれだけ社会で成功して富を得ても、死ぬときにお金を持っていけるわけではない。
死を意識した時にわかること、本当に大切なものは「愛情に溢れた思い出」なんだということ。

恥ずかしい生き方をするな

先の戦争で亡くなった多くの人たち、その中には特攻隊に志願し、命を懸けて日本の未来を守ろうとした若者もいる。彼らが命を懸けて守ってくれた日本の未来は、はたして、今の日本に重ね合わせる事ができるのだろうか。

彼らに顔向けできる生き方を今の自分はしているのか。

彼らが命を懸けて守る価値があったと思ってもらえるような生き方をしなければと、いつも自分に問いかけている。

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